2025年5月10日土曜日

海外就職インタビュー0051 日本から米国オンライン留学から米国での通学に切り替え米国就職

さて、今回は中国から日本に来た方がオンラインをうまく活用して節約して米国留学からの就職した例です。最近円安な事もあって、留学の費用が2000万円とかかかるとか言われたりしていますが、オンラインも可能なプログラムに日本から通ってから米国に引っ越し通学を開始するという組み合わせをする事で800万円程度とかなり節約できた方の例です。これくらいなら比較的現実的な人もいるのではないかと思います。とてもクリエイティブな方法で素晴らしいと思いました。

大学時代~日本への就職

  • 中国出身で、「日本語+機械工学」を中国で学ぶ
  • 高校時代は「第三言語があれば役立つかも」と漠然と考え日本語を選択
  • 卒業後、日本のメーカーが中国人新卒採用を行っていたため渡日


最初の転職~ソフトウェアエンジニアへシフト

  • 日本のメーカーにて地方勤務・機械系開発を1年半担当
  • 東京在住のパートナーと一緒に過ごすため、またソフトウェア開発に達成感を見いだし、都内のITコンサル企業へ(第二新卒枠)
  • 約4年勤務後、さらにIT企業へ転職しエンジニアとして専門性を深める
  • 将来的にメガIT企業(GAFA、アリババ等)を視野に入れたのが転職の大きな要因


オンラインCS修士とアメリカ留学

  • 情報系出身ではなかったため、コンピュータサイエンスを体系的に学ぶ必要を感じ、アメリカのCS修士をオンライン受講でスタート
  • 1年目は日本で働きながら単位を取得し、2年目に現地キャンパスへ移行して残りを履修+就職活動
  • STEM修士のOPT期間(3年)を活用し、2024年前後の厳しいジョブマーケットで就職先を確保
  • 実際には千社ほどに応募、面接は20社ほど。トリリンガルよりもエンジニアとしての実力を評価され、米国東海岸の企業に入社


現在の状況と今後の展望

  • 米国東海岸でソフトウェアエンジニアとして勤務中
  • H1Bビザへの切り替え、グリーンカード取得を視野に入れ、家族を呼び寄せてアメリカで暮らす計画
  • 日本の3社での経験はそれぞれ社風が異なり、同期がいる点が助けになったと感じる


大学院コスト・留学費用

  • オンライン+現地キャンパスの2年で総額約800万円で全て現地で学生として過ごすより節約できた
  • 1年目オンラインは約50万円ほど、2年目に米国へ引っ越した際に授業料や生活費も含めて800万円程度

2025年5月5日月曜日

海外就職インタビュー0050 エンジニアとして日本のメーカーで日米勤務→コンサル→再度米国へ

最近家の電球をスマート化しているKeniです。さて、今回はエンジニアの方のキャリアの紹介です。日本で働き始めたエンジニアの方として海外で働く道を自分に合う方法で戦略的に築いてきた印象を受けていて、特に途中二度目の海外勤務の際に一年半かけてゆっくりと希望の仕事を選んだことが印象的でした。おそらくですが、そのタイミングでの仕事もうまく言っていたからこそゆっくり選べたのではないでしょうか。またご本人もおっしゃっていましたが、このパスはある程度再現性があると私も感じました。

高校~大学時代

  • 二歳まで親のポスドクに同行し海外に住んでいたが、記憶に残る海外経験はほぼない
  • 高校までは日本で過ごし、大学は地元の旧帝大で情報系修士を修了


最初のキャリアと海外プロジェクト

  • 地元のグローバルメーカーにソフトウェア開発者として就職
  • インド・東欧などグローバルな案件で英語を実践的に使う場面が多く、プロジェクト自体は大変だったが英語力と多様な環境で戦う力が鍛えられた


米国西海岸への出向

  • 7~8年働いた後、買収先の海外企業へ出向を希望し、米国西海岸でソフトウェアエンジニアとして数年勤務
  • プロジェクト経験が生きたため、現地での業務はそこまで苦労せず適応
  • 当初は子どもが生まれる頃にアメリカにいればラッキーくらいの感覚だったが、西海岸が性に合うと感じるようになり「いずれアメリカに戻りたい」と思う


帰国とコンサルファームへの転職

  • 会社の事情で帰国することになり、日米両方で就職活動を行う
  • 将来的に再度の渡米を見据え、知名度のあるコンサルティングファームにマネージャーとして転職
  • コンサル企業で数年働いた後、再び海外就職を検討。LinkedInやビズリーチのエージェントを活用し、海外ポジションを1年半ほどかけて探す
  • ソフトウェア関連でグローバル展開をリードする企業に需要があると判断し、最終的に複数の国からオファーを獲得。再度アメリカ西海岸を選び、条件にも満足できる形で渡米に成功


現在と今後の展望

  • 米国の政治・社会状況が変化しており、子どもの教育を含めどこで暮らすか迷い中
  • 小中学校の教育はアメリカが良いとも考えていて、タイミングや家族の状況によって動きを決めたい


アドバイス

  • グローバル企業のエンジニアとして実務経験を積めば、英語+開発スキルがあれば海外勤務は十分再現可能。開発者+英語を含む海外経験はニーズがある割に希少なので、ソフトウェア以外のエンジニアでも確率は下がるが実現可能ではあると思われる。
  • コンサルファームなどを挟んでブランド価値や経験を高めるのも有効
  • キャリアは意図的にデザインできる部分が多く、ソフトウェアエンジニアの人にとって海外を目指すルートはおすすめ
  • 日系企業の海外出向だけでなく、自身に合ったガバナンスと文化を持つ企業を選ぶのが重要だと感じている

2025年5月3日土曜日

海外就職インタビュー0049 日本で 3 社勤務 → マレーシアの日系工場へ海外転職

人生初インジェラを食べたKeniです。さて、今回は日本で三社の経験を積んでからマレーシアに転職した方の紹介です。私が住んでたシンガポールの隣という事でイメージが湧きやすくお話を聞いていても楽しかったです。大学の一年間の交換留学後も海外に関わる仕事を続ける事で言語やコミュニケーションのレベルを上げ続けた事としっかり管理職を経験してきたことと工場がどのような場所かしっかり理解しているという事がマレーシア就職のきっかけになったように思いました。

ファクトボックス(At‑a‑Glance)

項目内容
現在地マレーシア(都市名:要確認)
ビザ労働用のビザ
業界 / 職種製造業・生産/輸入管理(詳細要確認)
海外経験米国コミュニティカレッジ 1 年、マレーシア勤務 1 年
学歴東京の大学(クリエイティブ系ゼミ) + 米国 CC 編入(1 年)

タイムライン & 主な転機

年代出来事メモ
大学 3 年私費で米国西海岸 CC に 1 年休学編入転機① : 英語強化 & 海外視野拡大
卒業後日本で就活 → 流通業 (1 社目) 入社
1 社目(5 年)輸入部門に異動(最終 1.5 年)英語使用機会増
2 社目(4.5 年)生産管理・中国/ベトナム工場と折衝管理スキル取得
3 社目(6 年)管理職としてチーム統括 → 多忙で燃え尽き転機② : ワークライフバランス見直し
海外転職活動エージェント 2‑3 社に連絡、東南アジアに絞る暖かさ & 日本帰国しやすさが軸
渡航マレーシアの日系工場へ転職転機③ : 海外就職実現
現在在職 1 年、人事総務担当ポテンシャル採用と認識

海外転職の決め手 & 所感

  • 環境イメージの共有 : これまでの海外経験から現地での働き方を説明でき、採用側もリスクを低く感じた。

  • 英語力 : 留学 + 業務で培い、業務遂行に支障なし。

  • キャリアのリセット : 職種変更によるステップバックはあるが、長期的なステップアップを狙う。

  • 生活面 : インフラは概ね満足。車通勤がストレス源。


Success Drivers(本人が語った成功要因)

  1. 実体験に基づく環境理解

  2. 英語運用力の維持

  3. 過去のマネジメント経験のアピール

  4. エージェントを複数活用した比較検討


もし大学時代に戻れたら?

  • 中国語を履修 : マレーシア勤務で役立つと感じたため。

  • 学業への注力 : もっと専門知識を深めておけば良かった。

2025年4月28日月曜日

海外就職インタビュー0048 海外就職インタビュー0048 第二新卒でインド転職→コロナ帰国→欧州大学院からの就職 多段ロケット型キャリア

今日は子どもの自転車を組み立てたKeniです。アメリカってDYIが前提になっているところありますよね。さて、今日はロケットが多段でブーストしていくようにキャリアをブーストしていた方の話でした。色々な環境でも仕事を見つけられたりしてきているのはきっと以前からの積み上げがあった事なんじゃないかなと思っています。また、少し蛇足ですが、欧州の大学院の学費安いですね。興味ある人は検討しても良いかもしれないですね。

高校~大学時代

  • 高校までは日本育ちで海外経験はほぼなし。漠然と「海外に行ってみたい」「英語を話してみたい」という思いはあった
  • 東京の国立大学に入学し、ヒンディー語を専攻。1年間のインド留学を経験し、インドのフレキシブルで明るい雰囲気が合っていると感じた
  • 大学時代は語学漬けの日々で、アルバイト代を貯めてインドへ留学。現地で沈没旅行者を見て「手に職をつけよう」と考え、経済的に安定したい意欲が強まった


日本の企業キャリア

  • 卒業後は新卒一括採用で海外展開するメーカーに就職。将来的な駐在を期待していたが、実際は国内中心の管理会計業務
  • 過酷な労働環境により数年で転職を決意。「日本で働くのは嫌だ」と思い、第二新卒枠でインドの日系企業に転職
  • インド企業では制度会計や総務など多岐にわたる業務を担当。業務拡大により駐在員扱いとなり所得が上がったが、コロナの影響で帰国命令が出て日本からリモート勤務。その後ストレスで休職し、本社に復帰
  • 結婚後、パートナーの欧州駐在に合わせて退職・帯同を決断


USCPA

  • インド現地採用はリスクがあると感じ、単位を揃えてUSCPAに挑戦。インド時代に勉強、受験を始め、日本帰国後に全科目合格


駐在妻として

  • ヨーロッパに帯同した際、「働き方を学び直したい」と社会学の大学院に2年通学。学費は二年間で約3000ユーロ
  • 日系企業で問題解決に奔走してきたが、学問として俯瞰する時間を得たのは大きな財産
  • 2年間正社員で働かないことに伴うアイデンティティの揺らぎや経済的な不安を感じつつ、修了後はヨーロッパで仕事探しを実行。フルリモートや社内異動が可能な会社を3社ほど選び、全て内定を獲得


アドバイス

  • ビザ関連の情報は早めに理解しておくべき。海外で働くには、言語専攻だけではなく差別化できる専門性や資格が役立つ
  • ロケーションが海外でも、日系企業なら日本文化や働き方に近い面があることを理解しておく
  • 自分の場合、USCPAや多面的な経験が「海外でも採用される人材」になるうえで大きく貢献したと感じる

2025年4月27日日曜日

海外就職インタビュー0047 IT及びPMとして経験を積み、10年以上GAFAに勤めシンガポールへ

 高校~大学時代

  • 東京出身だが、地方にも引っ越しを重ねて育つ。関東の高校で英語をある程度学ぶが、1か月ほどの留学経験がある程度の一般的な高校生活。
  • ICUの心理学を専攻し、在学中に1年間の交換留学を経験。最初の1年半はESL必修で英語力を強化し、その後本格的に心理学を学ぶ。
  • 卒業時にアメリカの大学院を目指し社会福祉のインターンを行ったが、病気のため一度就職する道を選ぶ。


就職とキャリアの変遷

  • 新卒時はあまり積極的に就活をせず、IT系のLocalization翻訳の仕事でフルタイム勤務を開始。翻訳業務から始めて次第にPM(プロジェクトマネージャー)へ役割が変わる。海外勤務を希望するも異動は叶わず。
  • 約8年後に外資メーカーのPMとして転職するが、1年後にリーマンショックで日本撤退が決まり失職。次にIT系企業のPMとして日本で働きながら2人目の子どもを出産。製品への興味が薄れ、転職を再検討。
  • GAFAの日本オフィスで本社との橋渡しを担うポジションに就き、配偶者(外国人)と子どもの英語教育ニーズからシンガポールへの転籍を実現。APAC全体を担当する業務とタイミングが合い、スムーズに転勤できた。
  • GAFAでの勤務は12年目を迎え、数年ごとに仕事内容が変化し飽きずに仕事を続けている。


困難さ

  • シンガポールでの勤務や生活面では大きなギャップを感じず、「こんなに住みやすい外国があるのか」と思うほど楽に馴染むことができた。


アドバイス

  • 35歳を過ぎても、子どもがいても、転職できないと決めつける必要はない。
  • 今いる場所で「楽しいこと」を見つける姿勢が大切。例えば、東南アジア各国で行われるハーフマラソン大会に参加するなど、積極的に新しい経験を取り入れることで暮らしや仕事にメリハリを生み出す。

2025年4月26日土曜日

海外就職インタビュー0046 米国大学院から就活の再チャレンジからGCへ

Trader Joe'sのお好み焼きと鯛焼きが気になっているKeniです。ちょっとおいしそうですよね。さて、今回は日本の大学に在学中に米国へ編入しそこから留学、学部卒での米国就職の壁にぶつかり、日本に帰ったあと働いてお金を貯めて米国大学院に入り、そのまま米国に残っている方です。最初の在学中に米国に編入する意思決定も日本に帰ってからお金を貯め大学院に再チャレンジする意思の強さも将来海外で働きたい人にとってかなり学ぶところがあると思います。また、リファラルと自分としてのブランドの大切さを強調していて、大学院というプラットフォームを使って自分自身のブランドをゼロから築いていく事の大切さも本当同意します。聞いていて自分自身も頑張っていかないとなと思えるインタビューでした。

高校~大学初期

  • 地方都市の高校出身で、東京の大学への進学を望んだものの縁がなく、地元大学に入学。
  • 小学生時代から英語が好きで、ラジオ英語などで英語力を伸ばす。
  • 大学2年修了後、休学扱いでアメリカの小規模リベラルアーツ大学へ編入し、計5年かけて学部を卒業。


大学卒業後~大学院留学への道

  • 卒業後、OPTでの就職がうまくいかず、いったん帰国。「専門知識がないと難しい」と痛感。
  • 1年間、日本で英語講師の仕事をしながらGRE準備を進め、再びアメリカ大学院に合格。
  • 大学院を2年で修了し、卒業直後に再度アメリカで就職活動。


ビッグフォー就職とビザ・GC取得

  • 最初は給与が半分で将来性も薄いオファーしか得られなかったが、大学院がある都市のビッグフォー(コンサル)からオファーが届く。
  • 過去にビザ発行実績がある企業だったことも安心材料となり、ここで初めてアメリカで仕事を得る。
  • 馬車馬のように働きつつH1Bビザとグリーンカード(GC)を同社のサポートで取得。GC申請では「弁護士費用を負担する代わりにGC取得後2年勤務」ルールがあり、その期間はハードワークを続ける。
  • 約7年半勤務後に転職し、現在4社目で活躍中。


アドバイス

  • 自己ブランディング: 日本人、特に日本人女性は自身の強みや実績をアピールするのが苦手になりがち。国際的な場で埋もれないためには、自分をどう売り込むかを意識すべき。
  • 同僚や上司に客観的フィードバックをもらうのも有効。
  • 学業以外の経験: アメリカでの就職・転職はネットワークからの直接レファラルが最も有効。在学中はTA(ティーチングアシスタント)や学内アルバイトなど、講義以外での活動が将来レファラルを得る大きな助けになる。

2025年4月21日月曜日

海外就職インタビュー0045 社内公募6年目でMBA留学し、駐在からの現地採用へ

Costcoの牛タンが好きになってきているKeniです。さて、今回は6年越しで社費MBAの選考に受かる継続性と心の強さを持った方の紹介です。MBAに留学後は駐在を経験する中で家族ができてライフステージが変化して会社と交渉して現地採用に切り替え今も働いてらっしゃいます。給与が下がるなど一定程度デメリットはあったようですが、駐在の方に参考になる内容だと思います。今後も応援したいですね。

日本育ちと大学時代

  • 中高一貫の東京女子高で、英語教育が厳しい環境に適応し、受験に成功。慶應大学経済学部に進学。
  • 入学後、周囲の帰国子女や家柄の良い同級生、東大落ち組との比較で初めて挫折を感じた。
  • 大学3年のときに3週間アメリカへ短期留学し、海外生活への憧れが強くなる。


新卒就職とエネルギー系企業勤務

  • 「グローバルに繋がる仕事がいい」と思いエネルギー系企業に入社したが、実際は国内業務が中心。
  • 社内MBAプログラムに挑戦するも、最初は落選。一年目ダメ、最終的に6回目で合格し、米国MBA留学が実現。


MBA留学と帰国後の駐在

  • MBA留学時は最初の3か月、授業もクラスメイトの発言も理解できず泣くほど苦労。
  • 3か月頑張るとなんとか乗り越え、ヨーロッパへの交換留学も含め、留学生活を満喫。
  • 卒業後に帰国し再び同社で勤務。1年後、アメリカ西海岸への駐在が決定(コロナで渡米が遅延したが最終的に実現)。
  • 駐在中にアメリカ人の夫と出会い、結婚。駐在期間に第一子が誕生し、3か月の育休を取得。第二子妊娠直前に帰任命令が出るが、現地採用への切り替えを選択。


現地採用と家族の選択

  • 日本企業を退職し、アメリカ法人に新ポジションを作ってもらう形で現地採用に移行。過去事例がなかったが、上司に少しずつ相談し実現。
  • 給与は下がったものの、働きやすさのメリットを優先。
  • ワークライフバランスには満足しており、しばらくは子育てを中心にしつつ、仕事を続ける方針。


海外就職・留学へのアドバイス

  • 行動第一: 海外で働きたいなら英語学習や留学経験者の話を聞くなど、積極的に動くことが大事。
  • 社内政治: 会社の制度を活用したいなら、自分の希望を周囲に知ってもらう努力が必要。
  • 運と人脈の相乗効果: MBA留学6回目の挑戦中に部門長が社長に昇進するなど、運も味方に。自身を理解してくれる人が意志決定者になるのは大きい。